先崎 彰 容。 013 先崎彰容 『100分de名著 吉本隆明「共同幻想論」』(NHK出版、2020)|IK404|note

NHK「100分de名著」講師が読み方のコツを伝授! 吉本隆明『共同幻想論』は現代へのヒントに満ちている

自分が批判されれば世界全体が批判の眼をむけているように思いこんでしまう。 2016年より日本大学危機管理学部教授。 これがどれだけ前時代的な方法かは、米国と比較すれば一目瞭然だ。 当日の案内表示をご確認ください。 2016年教授。 この現状を打破するためには日本の近代とは何かを深く考え格闘してきた人物が残した思想を再点検することが不可欠です。

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先崎彰容 『未完の西郷隆盛―日本人はなぜ論じ続けるのか―』

著書 [ ]• リベラルな自由民権運動とは異なる、保守側からの政府批判が存在した。 こうした私的な制裁は、主権自体を自ら壊していく。 伝統や歴史を大切にする、などという観念的保守を吹き飛ばす生々しい声、自分たちは忘れられ「二度死ぬ」のだという肉声が、私たちの耳元に届いてくるではないか。 生は死と隣り合わせであり、自ら維持しなければいつ崩壊するか分かりません。 先崎さんの著書は、大げさに言えば、現代日本の危機を救うための手がかりを得るための入門書です。 「吉本が……」と言いながら難しい議論をすること、これが学生たるもののステイタスだった時代があったようなのだ。 ただそれだけのことの中に、ささやかな、誠にささやかだが劇的な一人の人生が隠されているのではないか。

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バッシング論 / 先崎 彰容【著】

へえー、『古事記』ってこういうふうに読めばいいんですか、と納得してしまう部分が多くある。 つまり「思い出話」ばかりなのだ。 ところが、である。 その中の一冊にこの本があったというわけだ。 市内に留まった人たちも、マスク姿だった。 それは知識人に操られ群衆化するのとはちがう、地に足のついた匂いも手ざわりもある生活実感のことです。

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名著99「共同幻想論」:100分 de 名著

個から国家までを貫く思索の轍(わだち)をたどる。 『共同幻想論』は意味不明でもないし、わざと難しく書いた本でもない。 さて、その先崎さんが書いた『維新と敗戦』は、明治維新によって始まった「近代」とは何かを問う本です。 国家であれ、反国家主義の宗教教団であれ、命がけでのめり込み「信じてしまう」理由がここにありそうです。 関係性 人間のさまざまな考えや、考えにもとづく振舞いや、その成果のうちで、どうしても個人に宿る心の動かし方からは理解できないことが、たくさん存在している。

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先崎彰容著『維新と敗戦』を読む。

それが本書の目的です。 こうした柔らかい人間関係を自分のうちに含んだ個人のことを、吉本は個人幻想と名づけて、大事にした。 前者の『家族・私有財産及び国家の起源』という著作、後者の『道徳の系譜』をそれぞれ批判的に横目で睨みながら、彼らとのちがいを強調することで、吉本は自分の論理をはっきりと示そうと試みたのだ。 むしろいくつかの「断絶と飛躍」を経て、国家にまでまで発展していくものです。 幻覚まがいの共同幻想に翻弄されないための拠点、時代への処方箋を個人幻想という言葉に託したのである。

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先崎彰容著『維新と敗戦』を読む。

周囲の落ち着いた人間関係こそ大事なのに、ネット上の共同幻想をリアルと思い込み、世間全体が自分に注目し、批判の矛先を向けていると信じ込まされたのだ。 執拗に批判した「からごころ」 概(おおむ)ねその主張は、フランス「革命」などへの嫌悪であり、マルクス主義批判であり、過去の伝統を重視する立場だろう。 今度はわかった。 この本は、まずは序文を注意深く読んだ後、すぐに後半の「母制論」から読みはじめるのがよい。 『 「」 〈ビギナーズ 日本の思想〉』 、2017年。 思い出話をしたいからしている、というよりも『共同幻想論』の内容についてなかなか書くことができなくて、苦し紛れに書いているのではないか。 でもそこに書いてあるのは、過剰な思い入れや自分がどう影響を受けたのかの体験談ばかりである。

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【見る】100分 DE 名著 吉本隆明 西研よりも先崎彰容

民主主義が軽んじられる傾向にあるわけです。 イギリスにはイギリスの、日本には日本の歴史が存在するのであり、馴染(なじ)んだ「価値」の改良をよしとする立場が保守である。 。 エンゲルスとニーチェである。 しかし問題は、戦争も天災も人間社会から消え去ったことがないという現実です。

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