開戦 の 詔書。 戦争終結の詔書

宣戦の詔勅

宜しく擧國一家子孫相傳え、 確 かた く神州の不滅を信じ、任重くして道遠きを 念 おも ひ、總力を將來の建設に傾け、道義を篤くし、志操を 鞏 かた くし、誓って國體の精華を發揚し、世界の進運に 後 おく れざらむことを期すべし。 中国新聞 2009年8月21日. 原盤はこれまで公にされていたものより10秒ほど短い4分30秒であるが、従来の音源は再生や複製が繰り返されるうちに音が劣化していったものと推測されている。 そして各国との交流を篤くし、万国の共栄の喜びをともにすることは、帝国の外交の要としているところである。 正午の時報• 玉音放送と前後のラジオ放送 [ ] 8月15日午前中に配布された玉音放送予告の特報() 正午以降の玉音盤を再生した玉音放送は約5分であったが、その前後の終戦関連ニュース放送などを含む放送は約37分半であった。 これが帝国政府をして共同宣言に応じさせるに至ったゆえんである。 日本帝国が韓国の保全を重視してきたのは、昨日今日の話ではない。 帝国か平和の交渉に依り求めむとしたる将来の保障は今日之を旗鼓の間に求むるの外なし。

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終戦の詔書(口語訳付き)

録音盤は、録音後にのにより事務官室の書類入れの軽に、ほかの書類に紛れ込ませる形で保管されていたため発見されなかった。 あなた方国民は、これら私の意をよく理解して行動してほしい。 Having been able to safeguard and maintain the structure of the Imperial State, We are always with ye, Our good and loyal subjects, relying upon your sincerity and integrity. 清国の朝鮮事件に於ける、我に対して著著鄰交 ちゃくちゃくりんこう)に戻(もと)り、信義を失するの挙に出でんとは。 〔口語訳〕 天の助けによって先祖代々皇位を継承してきた家系に属する大日本国の皇帝は、忠実にして勇敢な汝ら国民に以下のことを知らせる。 今、不幸なことにロシアと戦う事になったが、これは決して朕の意志ではない。 このような事態がこのまま続けば,東アジアの安定に関して我が帝国がはらってきた積年の努力は, ことごとく水の泡となり,帝国の存立も,まさに危機に瀕することになる。

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玉音放送

私は日本と共に終始東アジア諸国の解放に協力してくれた同盟諸国に対して、遺憾の意を表さざるを得ない。 迫水はのちになって「五内為ニ裂ク」は難解の見本のようなものと回想している。 読売新聞. 2011年8月15日閲覧。 要点は、 ・日本は、東アジアの安定、世界平和を目指している。 しかし、私は時の巡り合わせに従い、堪え難くまた忍び難い思いをこらえ、永遠に続く未来のために平和な世を切り開こうと思う。

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太平洋戦争「開戦の日」に考えてほしいこと

「開戦は避けられたのではないか」 という意見が、今でもありますが、私は、それは非現実的な意見だと思います。 特に(20年)()に、当時唯一の放送局だった(現在の)から放送された、による 終戦の( 大東亜戦争終結ノ詔書)の放送を指すことが多く、本項ではこの放送について記述する。 国際的な条約や規範の範囲で、あらゆる手段をつくして誤ちのないように心がけよ。 朕はこの文書で、ロシアに対する戦争を行うことを布告する。 日本ラジオ博物館• 朕ハ玆ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ 私は、ここにこうして、この国のかたちを維持することができ、忠義で善良なあなた方国民の真心を信頼し、常にあなた方国民と共に過ごすことができる。 下関条約締結の結果、「戦勝国」日本は、から、• 及びの意思を継承したによって,開戦されたこと。 朕は帝国と共に 終始 しゅうし 東亜の解放に協力せる 諸盟邦 しょめいほう に対し、 遺憾 いかん の意を 表 ひょう せざるを得ず。

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終戦の詔書

(御名御璽) 昨日15日は終戦記念日でしたが、あるブログに昭和天皇の「終戦の詔勅」が出ておりました。 抑々東亜の安定を確保し、以て世界の平和に寄与するは丕顕なる皇祖考丕承なる皇考の作述せる遠猷にして、朕が挙々措かざる所、而して列国との交誼を篤くし、万邦共栄の楽を偕にするは、之亦帝国が常に国交の要義と為す所なり。 (御名御璽) 明治三十七年ニ月十日 「天の助けによって先祖代々皇位を継承してきた家系に属する大日本国の皇帝は、忠実にして勇敢な汝ら国民に以下のことを知らせる。 まことにやむをえない事態となった。 朕ハ政府ヲシテ事態ヲ平和ノ 裡 うち ニ回復セシメムトシ、隠忍久シキニ 弥 わた リタルモ、彼ハ 毫 ごう モ 交譲 こうじょう ノ精神ナク、 徒 いたずら ニ時局ノ解決ヲ 遷延 せんえん セシメテ、此ノ 間 かん 却 かえ ッテ益々経済上軍事上ノ脅威ヲ増大シ、以テ我ヲ屈従セシメムトス。

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12月8日、開戦記念日。「開戦の詔書」を読んでみよう。:UTAUとMMDのある生活。

終戦詔書 [ ] 『 大東亜戦争終結ノ詔書』は「 終戦詔書」とも呼ばれ、天皇大権に基づいてポツダム宣言を受諾する勅旨を国民に宣布するために8月14日付で詔として発布され、同日の官報号外にて告示された。 この章、竹山昭子『玉音放送』(、1989年、)、および『戦争と放送』(、1994年、)より。 の2015年8月5日時点におけるアーカイブ。 この玉音(天皇の肉声)を録音されたレコード盤を 玉音盤という。 - マンガで読むNHKヒストリー• - NHKアーカイブス・2015年7月31日• 2015年8月5日閲覧。

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『大東亜戦争・開戦の詔勅』

強い意志が込められた詔書です。 このような事態がこのまま続けば、東アジアの安定に関して我が帝国がはらってきた積年の努力は、ことごとく水の泡となり、帝国の存立も、まさに危機に瀕することになる。 洵(まこと)に已(や)むを得ざるもの あり。 皇祖皇宗の神霊、上に在り。 朕は、帝国政府に、米英中ソの四国に対し、そのポツダム宣言を受諾する旨、通告させた。 玉音放送 ( ぎょくおんほうそう )とは、の肉声(「玉音」)をすることをいう。

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太平洋戦争・開戦の詔勅

なお、正式に日本が降伏したのは、それから半月後のが調印された同年のことである。 汝ら臣民の真情も、朕はよく知っている。 私は政府に事態を平和の裡(うち)に解決させようと、長い間、忍耐してきたが、 米英は、少しも互いに譲り合う精神がなく、むやみに事態の解決を遅らせようとし、 その間にもますます、経済上・軍事上の脅威を増大し続け、それによって我が国を屈服させようとしている。 さいわいに、国民政府は、汪清衛・南京政府に新たに変わっ た。 帝国は之(これ)と善隣の誼(よしみ)を結び、相(あい)提携するに至れるも、重慶に残存する政権は、米英の庇蔭(ひいん)を恃(たの)みて、兄弟(けいてい)尚(なお)未(いま)だ牆(かき)に相鬩(あいせめ)ぐを悛(あらた)めず。

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