立岩 真也。 『自由の平等―簡単で別な姿の世界』(立岩真也)の感想(7レビュー)

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あれこれの問題が世間で一般に思われているよりも複雑かつ難しいものだという指摘は、学者であれば容易にできるものだが、それだけで終わるなら、「ではどうしたらよいのか」という疑問には何も答えず、切実な問題に直面している人たちからは無責任との批判が向けられるだろう。 その構造は共通している。 共著書に『障害をもつ子のいる暮らし』等。 立岩はここでも、「他者性」を操作対象としないという基本原則に立ち返り、「私達に都合のよいように他者があるべきでない」と考えるときにのみ「よい優生」に抵抗することができると述べる。 このような事態を回避する道は2つである。 そう極端な場合でなくとも,個々の人の能力には違いがある。

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立岩真也「優生思想について」

これらについては既に別稿で一定の考察を加え,見解を提示してきた。 別の例として、性の商品化を取りあげてみよう。 だが,それを持つ者が,自らのものを提供することに同意すれば,その提供者の「善意」によって,また,提供を受けたいと思う者が持つ他の財,例えば貨幣を受け取ることと引換えにそれを得ることは認められる。 その覚悟がない大多数の人は、出生前診断技術が普及すれば、それを受ける方向に誘導されるだろう。 良いわかり方なら,本当に同じであることがわかるなら,人々はもっと幸福になされるのか。 しかし,これは必ずしも言えない。 むしろそうした気掛かりはそれらの調査・研究に先行している。

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立岩真也

このようなところから考えは始まっており,ゆえに,まだまだ精練されていないものではあるが,既にあるものとは別のものを持ってこざるを得ないことになった。 しかし,それはどれほど効力を持つか。 なぜなら、政府の役割は「他者(人民)の存在をその他者性において尊重すること」であって、他者をある特定の配慮的関心によって共同性の中に包摂すること(他者性を剥奪すること)ではないからである。 そしてこの時に,その人の側に立とうとして,「それ(例えば知的能力)だけが人間の全てではない」(確かにその通りだが)と,別の評価されるべきものを探してくる必要はない。 ただ,ここで「わかる」とは,他者のなにかがわかることではなく,他者がいることがわかるということである。

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「私だったら死ぬ」投稿はヘイトスピーチ 立岩教授に聞く ALS「安楽死」事件|社会|地域のニュース|京都新聞

だがそれは違う。 この原則を冒さない相互行為は,同意に基づいた行為である。 しかし労働者はこれに応じない。 だから,考えるべきは,そのことがどのようにしたら可能なのかということである。 これを省いてしまっても,また既存のものに代えても,その他の論点のかなりの部分は生き残る。

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『自由の平等―簡単で別な姿の世界』(立岩真也)の感想(7レビュー)

「この理論は、成熟した諸能力をもつ人間に対してだけ適用されるものである。 日本語の「自己決定」に対応する英語はおそらくself-determinationあるいはautonomyだろうが、この前者は、「民族自決」といわれるときの「自決」に当たる言葉である。 臓器売買、契約などは、実際に行われているが、抵抗がある(という人がいる)。 「能力によって人を判断する」ことが問題にされる。 ものを書くというほどの人であれば「自分の頭で考える」というのは当たり前のことであるはずだが、実際には、その当たり前のことを実践している人はむしろ稀であり、これほどにも徹底して粘り強く遂行しようとする人は希有だとさえいえる(念のために付記すれば、本書が他者の議論の摂取を等閑視しているというわけでは全くない。 そのような意識が顕在的にあることもあろうし,ないこともあろう。

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立岩真也

この教説は,他の財の配分のかたちに対して,私的所有が優位におかれるべきことを言うものとして現れる。 問われるべき問題(図1から図2への移行)を最初から消去してしまっているからである。 1970年前後から国内では「コロニー」と呼ばれる大規模入所施設が建てられ、事件が起きた「津久井やまゆり園」も同時代に整備されました。 例えば,贈与の連鎖だって今言ったことの中に収まってしまう。 大学における学生運動に政党と政党嫌いとが関係していた時期、養護学校・学級でなく普通学校・学級に一人の子が行こうとするその運動を支援する運動が、大学の自治会の運動の大きな課題とされたりしたことはこうした事情にも関係している。 このうちの前者が主たる対応策とされることに対して、立岩は強く批判的である。 しかし,少なくともそうした関係の中に入ること,自分が何かを生産することを求めている人はいる。

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